1月, 2012年
嫌な気持ちになったりイライラ
地方競馬の現状は、経営状態が苦しい厳しいものになっているようですが、
それでも各主催者同士が全国的に協力し合い、どうにか馬券の売り上げを伸ばそうと、
その機会を増やすためにいろいろと努力しているようです。
その中の1つが「電話投票システム」というもので、
全国の競馬場にオッズパークの新システムが導入されてきています。
このシステムを導入するには、資金的にもいろいろ問題があるようで、
今はまだホッカイドウ競馬には導入されていませんが、
後々導入されていくことは間違いありません。
次にあげるのは「SPAT4(スパットフォー)」というシステムで、
広域的な場外馬券発売の提携として導入されているシステムです。
これは、南関東競馬場4場+ホッカイドウ京都牝馬ステークスという形になっています。
その対象は、全国の地方2012根岸ステークス予想場で開催されるダートグレード競争も含まれており、
インターネット投票ができることから、主戦場は中央競馬というファンが
あまり規模の大きくないレースに参加できるという、便利だが売りのサービスです。
そして、最近インターネット投票が充実するにつれ注目を集めているのが「楽天競馬」です。
楽天シルクロードステークス予想からは全国すべてのレース、つまり地方競馬の全レースの馬券に投票することができます。
その運営もポータルサイトの楽天ということで、内容も非常に充実しているインターネット投票サービスになっています。
地方競馬の実情は全国的にどこも厳しいというなかで、
こういったシステムが地方の存続を支える重要な存在となっているのは事実でしょう。
これからもこういったシステムと、地方競馬には注目していきたいと思います。
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最初に考えるべき
競馬で穴馬券を買って勝負に出る方は沢山います。ですが、思った結果にはならずに毎回へこみ、自信を失い不愉快な思いをする方は少なくなく、なぜ自分はいつも失敗するのだろうと自己嫌悪に悩まされる方も少なくありません。
もし穴がイメージ通りに入り馬券が当てれば、高額の払い戻しを手にし夢のような勝利を掴む事ができるでしょう。しかし、穴が来る確率は極めて低いというのが実際問題なのです。当然、滅多に来ないからこそ穴となるのです。イメージ通りに当てて高額配当を手にする事は実際困難を極めると言わざるを得ません。
方法としてはオッズから穴馬を狙う方法論もあれば、別の要素から波乱を迎えるレースを予測して穴馬券を購入する方法論もあるでしょう。どちらにしても、どんなレースであれば穴が来る可能性が高いのかを理解できれば、高額配当を手にする機会が増える事になります。
荒稼ぎを夢見て、利益を追求する方は少なくないのですが、競馬においては幼稚な考えで馬券購入すれば、かなりの確率で損をする事になります。利益を追求しているはずが、大きな損失を重ねてしまう事になるのです。
アメリカJCCで最初に考えるべきなのは、利益の出し方ではなく資金の守り方についてです。でなくては確実に資金は無くなってしまう、そういうギャンブルなのです。日経新春杯は京成杯ファンが想像しているよりもさらに厳しく残酷なギャンブルなのかもしれません。
種牡馬として生きる方法
「宝塚記念馬、ダンツフレーム」
夏のシーズン、暑い中、あるいは梅雨模様の中、開催される宝塚記念ですが、
そうした条件の悪さが影響したのでしょうか、宝塚記念の勝利馬で悲劇的な
末路をたどった馬に、ダンツフレームがあります。
ダンツフレームは、シンザン記念第46回歴史上、もっとも強い馬がそろっていたとされる、
1988年生まれの馬の一頭でした。
同年生まれにはマンハッタンカフェ、ジャングルポケット、エアエミネム、
アグネスタキオン、クロフネ、といった、古馬以降も大活躍した馬達がいます。
そのダンツフレームですが、皐月賞、日本ダービーは2着につけ、
デビューしてからの8戦すべてにおいて、連対を成し遂げる快挙を達成したのです。
しかし、3歳秋となってからは、ぱっとせず、連対を外すことが重なり、
安田記念において、復調の感触をやっと得たのでした。
そして、満を持して臨むことになったのが、宝塚記念です。
人気は一番、結果は切れのある末脚を活かし、堂々の優勝を果たしました。
これが、待ちに待ったG?レースの初勝利となったのでした。
しかし、ここから、苦難が続きます。
大負けするレースも増え、1年も経過しないうちに、
屈腱炎により、引退となってしまったのでした。
それからも、種牡馬として生きる方法を探りましたが、
不振だった頃の経歴や血統上の華が無いことを理由に
うまくいきません。
そこで、引退馬としては非常に珍しい選択として、
地方2012フェアリーS予想での再起を図りましたが、
これも、ケガの後遺症を引きずったためか、
いいところは少しもなく、再引退を余儀なくされました。
結局、さまざまな試みもむなしく、7歳にして、肺炎で死去しました。
栄光のG?勝利馬でありながら、さびしい末路をたどることになったダンツフレーム。
宝塚記念で頂点を極め、そこで全てを出しきってしまったのでしょうか。
