種牡馬として生きる方法
「宝塚記念馬、ダンツフレーム」
夏のシーズン、暑い中、あるいは梅雨模様の中、開催される宝塚記念ですが、
そうした条件の悪さが影響したのでしょうか、宝塚記念の勝利馬で悲劇的な
末路をたどった馬に、ダンツフレームがあります。
ダンツフレームは、シンザン記念第46回歴史上、もっとも強い馬がそろっていたとされる、
1988年生まれの馬の一頭でした。
同年生まれにはマンハッタンカフェ、ジャングルポケット、エアエミネム、
アグネスタキオン、クロフネ、といった、古馬以降も大活躍した馬達がいます。
そのダンツフレームですが、皐月賞、日本ダービーは2着につけ、
デビューしてからの8戦すべてにおいて、連対を成し遂げる快挙を達成したのです。
しかし、3歳秋となってからは、ぱっとせず、連対を外すことが重なり、
安田記念において、復調の感触をやっと得たのでした。
そして、満を持して臨むことになったのが、宝塚記念です。
人気は一番、結果は切れのある末脚を活かし、堂々の優勝を果たしました。
これが、待ちに待ったG?レースの初勝利となったのでした。
しかし、ここから、苦難が続きます。
大負けするレースも増え、1年も経過しないうちに、
屈腱炎により、引退となってしまったのでした。
それからも、種牡馬として生きる方法を探りましたが、
不振だった頃の経歴や血統上の華が無いことを理由に
うまくいきません。
そこで、引退馬としては非常に珍しい選択として、
地方2012フェアリーS予想での再起を図りましたが、
これも、ケガの後遺症を引きずったためか、
いいところは少しもなく、再引退を余儀なくされました。
結局、さまざまな試みもむなしく、7歳にして、肺炎で死去しました。
栄光のG?勝利馬でありながら、さびしい末路をたどることになったダンツフレーム。
宝塚記念で頂点を極め、そこで全てを出しきってしまったのでしょうか。
